おにぎり


 疲れた身体を休めようと、休憩室にやって来たサンダーバードを迎えたのは、しらさぎの笑みだった。咄嗟にやばい、と思ったのは間違いでもないだろう。
「あれ、君も休憩?」
「……悪いかよ」
「そんなこと一言も言ってないでしょ?」
 まあ座りなよ、としらさぎは自分の座っているソファーの隣をぽん、と叩いた。が、サンダーバードはそれを無視すると、窓際の椅子にどっかりと腰掛けた。そこはサンダーバードのお気に入りの席で、目の前に作り付けられた窓からは駅からホームが一望できる。
「君は相変わらず素っ気ないね」
「お前が馴れ馴れしすぎるんだ」
「はくたかは素直に座ってくれたよ?」
 ぴくり、と一瞬動きが止まった。しらさぎは相変わらずにこにこしている。が、腹の中じゃ何を考えているか分かったものじゃないとサンダーバードは思っていた。
 大体こいつは苦手なのだ、と心の中で舌打ちする。決して嫌いというわけではない。が、全てを見通しているようなこの顔を前にすると、どうにも落ち着かない気持ちになる。
「私になにか隠し事があるんじゃないのかな、サンダーバード」
「そんなもの、ない」
「そう……それにしては、はくたかの話とか、聞きたそうだったけど?」
 しらさぎの言葉に、サンダーバードは全身の力が抜けていくような気がした。最初から分かっていたのだ、この男は。全く、その勘の良さを少しでもはくたかに分けてやって欲しい、とすら思う。
「……お前には敵わないな」
 サンダーバードが溜息と共に吐き出した言葉を聞いて、しらさぎはにこりともせずに言った。
「それはどうも。でも、私から言わせると、君もはくたかも同じくらいわかりやすいんだけどね」
「あいつは、ちょっと鈍すぎると思う」
 それは認めるよ、としらさぎは足を組み替えた。そして、
「近頃はくたかの様子がおかしいのは君の所為だろう?雷鳥じいさんが困っていたよ」
「お前、どこからそんな情報仕入れてくるんだよ……」
 気づいていないのは、はくたかだけなのだ。どこまで鈍いんだヤツは、とサンダーバードは今日何度目になるか分からない舌打ちをした。もちろん心の中で、だが。
「頑固者で強かな誰かさんと仲良くやっていくには、これくらいじゃないとね」
 サンダーバードはいよいよ大きな溜息を吐いて、しらさぎを見た。
「オレは……はくたかの事が、好きなんだよ」
「うん、知ってるよ」
「でも、それをあいつに言うつもりはない。これからも、ずっと……いや、万が一はくたかが気づいて、オレに聞いてきたら、言うかもしれないけど、オレからは言わない」
 そこで初めて、しらさぎは驚きの表情を浮かべた。サンダーバードが発した言葉が信じられない、と言わんばかりに。
「どうして」
「シラを切るなよ。それだけ調べてるんなら、理由も分かるだろ?あいつ、好きなヤツがいるんだ」
「……所詮相手は新幹線だ。叶うような恋じゃない」
「オレだってそう言ったさ!……それに、あいつだって分かってる」
 どん、と握りしめた拳で側にあったテーブルを叩いていた。力を入れすぎた拳が震えるのを、しらさぎは黙って見ている。
 そうだ、叶う恋じゃないって何回言ったか分からない。それなのに、はくたかはその度に寂しげな微笑みで、でもいいんだ、見ているだけでも、と言うのだ。サンダーバードの気持ちには気づきもせずに。
「そんなオレに、これ以上どうしろって言うんだよ……気持ちを押しつけろってか?惨めなだけだ」
 腕で顔を覆って、頭をバリバリと掻きむしってみる。八方ふさがりとはまさにこのことだ。好きになった相手は叶わぬ恋に身を焦がしており、自分もまた胸に抱えた思いのやり場に困って、持て余しているのだ。
「……悪かったよ、サンダーバード」
 いつの間にソファーから立ち上がったのか、しらさぎがすぐ側にいた。手袋をしたままの手で、軽く二度、頭を叩かれる。泣きじゃくる子供を宥めるような、優しい手つきに本当に涙が出そうだった。
「これ、食べなよ」
 ずい、と目の前に差し出された物。それは、構内のコンビニで売っているおにぎりだった。普通のおにぎりと違って、これは一つ一つその場で握られた本当の「おにぎり」。美味しいのだと嬉々としてはくたかが買っていたものと同じだった。
 差し出されるがままに受け取る。お前、いいやつだな、と喉まで出かかったその言葉は、しらさぎの発言によって永遠に音となる機会を失った。
「私の昼食の残りだけど」
「げっ、お前、普通残り物を人にやるか!?」
 今は夕方に近い時間。昼食と言うことは、少なく考えても4時間は経っている。少しでもいいやつだと思ったのが間違いだったと、サンダーバードはしらさぎを睨んでみた。こういうヤツなのだ。大体、一人だけマイナーチェンジした新型車両で統一しやがって、という恨み節は口に出さないようぐっと堪えながら。
 睨まれている事など意にも介さず、しらさぎは笑って、
「泣くとおなかが空くと思うよ。足りない分は自分で買って」
 あと泣いた後は目を冷やしておかないと、腫れるよ。そう言ったしらさぎの表情は、そうなることを期待しているように見えた。
「お前、心底性格悪いな……でも、ありがと」
 しらさぎは返事をする代わりに頷く。ごゆっくりどうぞ、と言い残して部屋から出て行った。
 一人残されたサンダーバードは、取りあえず手に持ったままだったおにぎりの封を解くと、頭からそれにかじりついた。時間は経っているけれど、やっぱり美味しい。一口、二口と食べていく内に、味が段々塩辛くなっているような気もしたが、敢えて気づかない振りをしておにぎりを食べ続けた。