リフレッシュ・タイム
束の間の休憩時間。自動販売機から紙コップを取り出したはくたかは後ろに人の気配を感じて振り返った。
「しらさぎ?」
「おかえり、はくたか」
「……うん、ただいま」
自動販売機の前から退くと、しらさぎも同じように飲み物を手にして、時間があるならどう?とはくたかを部屋の隅にあるソファーへと誘った。まだ次の発車時間まで余裕があったはくたかは、頷いてしらさぎの隣に腰掛ける。
襟元を緩めながら、はくたかは大きな溜息を一つ吐き出した。
「繁忙期は疲れる……たくさんの人が利用してくれるのは良いことなんだろうけど、その分プレッシャーも大きいし」
「私だって同じだよ。普段乗車率の悪い、名古屋と米原の間すら混雑しているんだから」
「そう、お互い大変だな」
それきり会話が途切れた。今までに感じたことのない、居心地の悪さを誤魔化すかのように、はくたかは手にした紙コップを口元へ運ぶ。
少し間があって、しらさぎが口を開いた。そう言えば、と前置きして、
「最近何かあった?変わったこととか」
しらさぎにしては珍しい、とってつけたような質問に首を傾げながら、はくたかは少し記憶を辿ってみる。
「……いや、特に無い、かな。今すぐには思いつかない」
「そう、それならいいんだけど。こっちは上同士があんまり仲が良いとは言えないから。名古屋駅でも肩身が狭くて……まあ、私としては、東海道新幹線に文句を言われるよりはずいぶんましだと思うけれど」
ずずっとコーヒーを飲みながら、しらさぎがぼやく。気苦労が絶えないんだよね、と。
「それに高山線が開通してから、あちらさん、「ひだ」にばかり入れ込んでるし……はくたかはいいよね、東の新幹線……上越新幹線だっけ?上手くやっているんでしょう?」
「……うん、まあ」
はっきりしない返事を聞いて、しらさぎが僅かに顔を歪めた事にはくたかは気がつかなかった。
変わったことと言えばそうなのだろう。「とき」の事を考えれば考えるほど、サンダーバードの顔がちらつくようになっていた。以前彼がはくたかに言った、「困る理由」が未だに引っかかっているからか。何度か直接尋ねようとしたのだが、あれ以来二人でじっくり話をする機会には恵まれずにいた。
そんな事を考えたために、僅かに反応が遅れた。それをしらさぎは見逃さない。
「何かあった?」
ハッと顔を上げると、しらさぎに見つめられていた。普段見せない真剣な表情に、はくたかの心臓が跳ねた。嘘を吐いているのを見咎められているようで、彼を真っ直ぐに見返すことが出来ない。僅かに視線を逸らせて、何もないよと否定した。
しらさぎもそれ以上は追求しなかった。今ここでいくら尋ねても、はくたかが口を割らない事くらい、よく分かっている。
それならいいんだけど、としらさぎは持っていた紙コップをテーブルに置き、身体を少し動かして、はくたかの方を見た。
「君に害をなすものがいるのだとしたら、私はそれを許さない」
「え?」
「それが例え新幹線だろうと、身内だろうと関係ない」
あまりに強い口調のしらさぎに、はくたかは何を言えばいいのか分からなかった。今まで一度も、こんな口調で話すしらさぎを見たことがなかったから、その態度に恐怖すら感じてしまう。
「ちょっと、しらさぎ?……冗談だろう?」
はくたかの怯えが伝わったのか、突き刺さりそうな程鋭い視線をあっさり緩めて、しらさぎは微笑んだ。
「冗談。ごめんごめん、怖がらせた?」
「……はぁ、焦った……」
詰めていた息を一気に吐き出して、はくたかは脱力するようにソファーに身体を預けた。
「冗談きつい、しらさぎ」
もう一度ごめん、と言って、しらさぎは立ち上がった。懐の懐中時計を取り出し、時刻を確認すれば、もうすぐ次の電車の発車時間だった。
「それじゃあ私は先に行くよ。ごゆっくり」
「うん、有り難う」
ひらひらと手を振って、しらさぎは出て行った。その後ろ姿を見送りながら、はくたかは盛大な溜息を吐いた。何なんだ、一体。
気の知れた仲間のはずなのに、今の会話でどっと疲れた気がする。とんだリフレッシュタイムだったな、と独りごちて、はくたかも立ち上がった。