祭りの後


「ことしのぉ、ゴールデンウィークの利用状況を発表しまーす!」
 どどん、と扉の前に立ったサンダーバードが一枚の紙を無駄に高く掲げて、大きな声で叫んだ。
「何だ、もう出たのか?」
「今年は散々だろうねえ。何せ、高速道路があれだから」
 雷鳥と北越は隅っこに置かれたソファーに座り、そんなサンダーバードの方に視線を向ける。
 しらさぎとはくたかは顔を見合わせ、そして、
「そんなに張り切らなくても、今ここ、五人しかいないんだから……」
「そうだよ。別に普通に言えばいいじゃない」
 と何故か張り切りすぎているサンダーバードに首を傾げる。
「へっへー、今年は凄いぜ。色んな意味で」
 しかしサンダーバードはそのままの格好で紙に書かれていた内容を読み上げ始めた。
「金沢支社の特急・急行の利用率は、対前年比91パーセントです」
「あー、そんなもんだったか」
「今回は前半休みが水曜日だけだったからねぇ。あれじゃ平日と変わらないよ」
「で、大阪方面のオレとおやっさん組の利用者は約23万人で去年の91パーセントです。直江津方面のはくたかと北越さん組の利用者は約12万人で去年の90パーセントです。米原方面のしらさぎは約10万人で去年の90パーセントでした」
 以上!と言い切ったサンダーバードに、ずい、としらさぎが歩み寄ろうとする。
「……で、何が言いたいんだ?」
 声がいつもより低い。そんなしらさぎのこめかみに青筋が立っている気がしたので、はくたかは慌ててその制服の端を掴んだ。
「つ、つまり今年はみんな大体10パーセント減って事だよね、そういうことだよね?」
「そうそう。だから今年は凄い、って言っただろ」
 にやり、と笑ったサンダーバードに、すかさず雷鳥から怒鳴り声が飛んだ。
「何かと思えばそんなくだらない事を……社会情勢の所為もあるとは言え、利用者が減ったことをそんなに堂々と発表してどうする!」
「だってよ、こんなにみんなおそろいみたいな数字、初めてじゃないか」
「おそろいも何もあるか!」
 ぎゃんぎゃんと言い争いを始めたサンダーバードと雷鳥を尻目に、はくたかとしらさぎは北越が座っているソファーに座った。
「北越さん、お疲れ様でした」
「はくたかもね。いやいや、対前年比90パーセントとは言え、大変だっただろう。臨時も出したくらいだし」
「お客さんは減ったって言われましたけど、いつも指定席が取れずに立ってる人もいるから。臨時で少しでも座れる人がいたらいいな、って思って」
「私も割とお客さんが乗ってくれた方だと思っていたんだけどねえ。まさかこんなに厳しい数字だとは思わなかったよ」
 はくたかの指定が取れなかった客が北越に流れることは良くある話で、実際今年のゴールデンウィークも同じ事が起きていた。ただ、混雑したのは五月二日三日の金沢方面と、五月六日七日の直江津方面だけで、その間の日は完売とまではいかなかったようだ。
 それがこの利用状況の結果なのだろう。毎日毎列車指定席が完売なら軽く去年を越えるはずだから。
 やっぱり不況と高速道路が原因ですかね、と溜息を吐けば、仕方ないよと北越は苦笑する。横で二人の話を聞いていたしらさぎも、
「新幹線ですら軒並み厳しかったみたいだし、今年は仕方ないよ。あののぞみですら去年の94パーセントだってわめいてたからね」
 お陰で名古屋駅が大騒ぎだったよ、と言って、よほど可笑しかったのかくくくっと肩を竦めて笑った。しらさぎは新幹線の事がどうやら嫌いらしい。しかしそう簡単にのぞみ、とか新幹線を呼び捨てに出来る辺りが凄い、とはくたかは内心思っていた。
「まあ、そんな私は東海地区では利用率最下位なんだけどね。米原から名古屋の間はひかりとこだまに持って行かれるし」
「それで最近元気なかった?」
 はくたかがしらさぎの顔を覗き込んだ。じっと見つめてくる同僚に笑い返して、しらさぎはぽんぽんと頭を軽く叩く。
「そんな顔しなくていいよ。気にしてないし」
「本当に?」
「だってそんなの今までと同じだから。それに私は米原から北陸までの間を走ってこそ意味がある」
 そう言われてははくたかももう何も言えなかった。が、この高速道路の料金引き下げ政策のあおりを一番食らっているのは他でもないしらさぎだ。高速道路と殆ど同じ経路で北陸と名古屋を結んでいる上、最近出来た新しい自動車道の所為で、それでなくても利用者が減っていると言われているしらさぎ。表に出さないだけで、本当は誰よりも本人が一番気にしていると知っているはくたかは複雑な思いだった。
「ま、次は八月、頑張りますか。これから暫くは閑散期だし、ゴールデンウィークに沢山働いたから少しは休ませて欲しいよ」
「そうだね。少し休んで、次はもっと沢山の人に乗ってもらえるよう頑張らないと!」
「その意気その意気。頑張れ若人」
 もちろん私も協力はするけどね、と北越も笑う。
「さて、それよりもあの二人だな……どうしましょう、北越さん」
 しらさぎに話を振られて三人は未だに何か言い合っているサンダーバードと雷鳥の方へ視線を向けた。断片的に聞こえる声を拾う限りは、既にゴールデンウィークの話ではなく、別の話のようだった。二人の場合、言い争っている内に話の論点がずれるのは日常茶飯事だ。何をそんなに激しく言い合うことがあるのかとはくたかには不思議で仕方がない。
「放っておけばいいんじゃないかなとは思うんだけど、このままじゃ迷惑だしねぇ。仕方ない、連れて行くか」
「お願いします」
「サンダーバードの後処理、頼むよ」
 持っていた紙コップをテーブルの上に置き、つかつかと二人に近づいていった北越は、むんず、と雷鳥の衿を後ろから掴んだ。
「!!なんだ、北越、何するんだ」
「全く、君もいい年なんだから少しは周りのこと考えなよ。私に言われるようじゃおしまいだよ?」
 戻るよ、と衿を掴んだまま腕を引っ張られてバランスを崩した雷鳥は、半ば引きずられるようにして部屋を出て行った。そんな二人をサンダーバードはぽかんと、はくたかとしらさぎは苦笑しながら見送る。
「……何だかんだ言いながら、北越さんと雷鳥のおやっさんって仲良いよね」
「うん」
「あーもーつっかれたー。って何の話してたんだっけ?」
 ようやく雷鳥の説教から解放されたサンダーバードは、首をぐるりと一回転させながら、二人の傍に近づいてきた。
「君は気にしなくても良いよ。どうせ私たちより1パーセントだけ利用率高かったんでしょ?」
 1パーセント、の所を協調しながらしらさぎが言うと、はくたかもそうそう、と続ける。
「俺たちは90パーセントだったけど、サンダーバードは91パーセントだもんね」
「ちょ、おまえら!そんなこと無いって。ほら、本数も違うしおやっさんもいるし」
「そんなサンダーバードはここ片付けておいてね。大体その紙、本当はここに張っておくように言われただけなんじゃないの?」
 しらさぎに痛いところを突かれて、うっと黙ったサンダーバードに、はくたかはまあまあと宥める。
「冗談、冗談。また八月頑張ろうって話だよ」
「つぎは私も91パーセントになるといいなぁ」
「しらさぎ……もしかして相当根に持ってる……?」
 恐る恐るしらさぎの顔を見たサンダーバードに、わざと満面の笑みを向けた。その笑顔が逆に怖い。
「ほら、そろそろ行くよ!」
 はくたかに急かされ、慌てて散らかした所や茶の入っていた紙コップを片付けて、三人はバタバタと部屋を出て行った。
 そして誰もいなくなった部屋に、プレスリリースだけが一枚、残されていた。