嫌い、だけど好き?


 気に入らない。
 金沢駅の構内ではくたかの姿を見つけた北越は、思わず顔を歪めていた。
 特急となった日は同じだったのに、はくたかは定期列車、かたや北越は臨時列車だった。その後半年ほどして北越も定期列車となったが、その頃になると既に雷鳥の視線の先には、はくたかがいた。
 大阪と富山を結ぶ雷鳥と、大阪と新潟を結ぶ北越。北陸本線の代表と言っても過言でない雷鳥に寄り添うような、僅か一日一往復のダイヤでは、雷鳥の影に隠れるような存在となっていても仕方のないことだと分かっていた。
 いつか雷鳥を見返してやる、と思いながらもその隣から離れられなかったのは何故か。今や揺るぎない立場にいながらもどこか抜けているところがある雷鳥を放っておけなかった、というのもあるが、理由はそれだけではない。
 認めなく無かったのだが、気づいてしまった。無意識のうちに雷鳥の姿を追っている自分という存在に。それはまるで、雷鳥のはくたかに対する態度そのものだった。
「まったく、バカバカしいよ」
 だから北越ははくたかが嫌いだった。金沢から長岡までの間、はくたかと行き先が重複しているからというのもあるが、その姿を見るだけで、はくたかを見る雷鳥の姿と、雷鳥を見る自分の姿が被るからだ。
 そして、はくたかがいるかぎり、雷鳥は決して自分を見ようとはしないだろうことも、その感情に拍車を掛けていた。自分勝手だといわれても、真実なのだから仕方がない。
 はくたかは北越の事に気づいていないのか、こちらへ向かって歩いてくる。一瞬別の道へ逸れようかとも考えたが、逃げる必要は無いと思い直して、そのまま真っ直ぐ突き進む。
「……北越」
 ようやく北越の存在に気づいたらしいはくたかが、独り言とも言える程小さな声でその名前を呼んだ。はくたかも北越が自分を嫌っているということを薄々ながら気づいているのだろう。明らかに気まずそうな表情を浮かべている。
「やあはくたか。今日の運転はもう終わり?」
 一日一往復だと楽でいいよねぇ、と、嫌みたらしくそう言ってやった。基本的に温厚なはくたかも、その言葉の意味するところに気づいたのか、俄に眉をひそめる。
「……君だって一日一往復しかないでしょう」
「それは否定しないけどね」
 重めの前髪を掻き上げて、北越は笑った。本当に、こんなヤツのどこがいいのかと思いながら。
「用事がないのなら、行くけど」
 手にした書類を抱え直して、はくたかは言いづらそうにそう言う。恐らく誰かに頼まれて上司のところへ書類を持って行く途中なのだろう。真面目だけが取り柄みたいなやつだと誰かが言っていたが、本当にその通りだと思う。
「あらら、同期に会ったってのに素っ気ない。それとも何、君は私のことを同期だと思ってない、そういうこと?」
「誰もそんなこと言ってないよ」
「どうだか。ま、いいよ。急いでいるならどうぞ」
 さっと道を譲って、手で先を促す。はくたかは気まずそうに、北越の少し離れたところを向こう側に歩いていく。すれ違いざま、足でも引っかけてやろうかと思ったが、あまりに幼稚すぎるので止めておいた。
 はくたかの姿が北越の視界から完全に消えたことを確認して、軽く溜息を吐く。雷鳥の事が無ければ、はくたかと同期として上手くやって行けただろうか、と考えたこともあったが、今はもう諦めていた。それに、北越は雷鳥がはくたかに思いを寄せている事を知っているが、はくたかはその事を知らない。それが腹立たしかった。

***

「雷鳥、お疲れさま」
 食堂で食事をしてた雷鳥を見つけると、その向かいに座る。ああ、と顔を少しだけ上げて、雷鳥は手にしたスプーンでカレーを口に運んでいた。
「ついさっき、廊下ではくたかに会ったよ」
 ぴくり、と一瞬雷鳥の手が止まった。が、すぐに何事もなかったかのように動き出す辺り、悟られないようにしているのだろう。その様子が面白いのだが。
「……別に、関係ない」
「親友なんじゃなかったっけ?雷鳥とはくたか。まあ、君の気持ちは知ってるけど」
 今度こそ雷鳥は手を止めた。少し言い過ぎたか、と思いながら、北越は平然とした様子で端を動かす。お互い目を合わせず、ただし耳だけは最大限に働かせて、音だけでなく相手の出方を探る。
「はくたかに何か言ったんじゃないだろうな」
「何も言ってないよ。君が困るのは分かってるし」
 にやりと笑ってみせると、苦虫を噛み潰したような顔をした雷鳥がこちらを見た。
「お前、俺の事嫌いだろ」
 そんなことないよ、と言いながら、内心笑い出したいのを必死で堪えていた。これだからこの男から離れられないのだ。
「私は君のこと、割と好きなんだけどねぇ」
 さりげない告白も、冗談として流される。でも、雷鳥の目にはくたかではなく、自分だけが映っていることが嬉しくて、まあそれでもいいかな、と北越は思った。