恋と不安の狭間で
富山駅を過ぎたところでしらさぎとすれちがった。行き先表示が出ていないところを見ると、今から始発駅に向かうのだろう。名古屋もしくは米原に向けて走るだろう彼に軽く手を降ってはくたかは北を目指す。
天気は快晴。雨の日が多い北陸において日差しの中を走れるのは嬉しい、と思う。
右手に立山連邦、左手に日本海。沿線の殆んどに田畑が広がる田舎だか悪くない光景だ。そのうち山側へ進んでまだ雪が残る越後湯沢へ。上越新幹線ときに接続する。片道二時間半以上の旅。
「今日も、間に合わせないと…」
在来線最速スピードで北陸本線を駆け抜けながら、はくたかの頭のなかはときの事でいっぱいだ。彼は自分の乗客を一身に受け入れてくれるときを尊敬していた。そしてその尊敬はいつの間にか恋に変わっていた。単純な話だ。元々尊敬していた人に優しくされたら誰だって恋に落ちる。
いつだったか、滅多に起こらない人身事故で一時間以上の遅延を引き起こした自分をときが待っていてくれた事があった。越後湯沢駅に必死の思いで飛び込んで、乗客を下ろし溜息を吐いたとき、上を走る新幹線ホームから放たれた警笛がはくたかの耳に届いた。後は任せろ、と言ってくれている気がして、思わず涙がこぼれた。
それ以来、はくたかはときの事が好きだ。在来線と新幹線、例えこの先一生交わることが無いとわかっていても。
***
「馬鹿だよな、お前」
「……開口一番それかよ、サンダーバード」
金沢支社の宿舎に戻ると一足先に営業を終えたサンダーバードがいた。片手に紙コップを持って、ロビーのソファーに座っている。はくたかが帰ってきたことに気づいた途端、馬鹿にしてくるのだから、この同僚は何を考えているんだと思わずにはいられない。
紙コップの中はコーヒーらしい。お前、今からコーヒー飲んだら眠れないんじゃ、という質問はあっさり却下される。
「叶わないって分かっている恋なんかしなければいいのに」
「……お前には関係無いだろ」
「いや、あるね」
サンダーバードは残り僅かだったコーヒーを飲み干すと、空になった紙コップをくしゃりと握り締め、ゴミ箱へ投げ入れた。そして、休憩室の出口に立っているはくたかに近付くと、どん、と胸を叩いてきた。
「俺が困るの。お前がそんな顔してると」
「お前が?何で」
彼の言っている事の意味が分からなくて、はくたかはぽかんとした顔でサンダーバードを見た。
「さあ?自分で考えてみな」
強い光を湛えた目で見つめられたかと思うと、それはあっさり眇められ、笑みの形に変わった。
「お休み」
と言い残して、サンダーバードは先に部屋へ引き上げて行った。後に残されたはくたかは、しばらく考えてみたが、全く思い至らず、
「なんなんだよ一体」
そう呟いて自室に戻った。
明日のダイヤを確認しながら、寝坊しないよう目覚ましをセットする。疲れた身体を布団に横たえると、眠気がじわじわとしみ出してくる様な気がした。
目を閉じれば、先ほどサンダーバードが言っていた言葉が胸をよぎる。
「叶わないって分かっている恋なら…か」
自分でも分かっている。いくら早く走っても、最高速度は百キロも違う。在来線と新幹線では線路の幅も違う。どれだけが頑張ってもその違いが埋まらない限りは新幹線になることは出来ない。そして、その違いが一生埋まらない事くらい、分かっている。
それに、北陸新幹線の建設が進んで営業運転が始まれば、ときに会うどころか、自分が線路を走ることすら叶わなくなる可能性が高い。まだはっきりと決まったわけではないが、そうなるだろうということは薄々気づいていた。
その時自分はどうなるのだろう?
「……いやだな……」
その時はサンダーバードやしらさぎともお別れだ。北陸を代表する特急の二人とは長い付き合いだけに、いざ別れるとなると寂しい。口が悪いが仲間思いのサンダーバードや、弱気ながら毎日頑張っているしらさぎの事を思い浮かべると、自然と視界が滲んだ。
自分が居なくなったら、あの二人も寂しいと思ってくれるだろうか?
新幹線なんか出来なければいい。あさまは金沢に来なくてもいい。俺がいるのだから。
そんな事を考えていると、ゆっくりと眠りが訪れた。明日の始発電車で越後湯沢に行けば、またときに会える、と思い直して、はくたかは眠りについた。